再読綱淵謙錠

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過去記事「松平肥後守容保」の中には参考文献としては載せなかったのですが、記事を書くにあたって私が最初に手元に置いたのは綱淵謙錠著「戊辰落日」でした。

時系列の史実を参考にするという為ではなく、慶長4年8月23日(10月8日)に新政府軍が若松城を急襲した時の混乱した城下の空気のようなモノを感じたかったからです。

綱淵謙錠氏の遺した作品にはそうした歴史上の事件を装飾なしに事実のまま再現しているのが特徴であると思います。

私はそれまでは物語としての歴史小説や時代小説をもっぱらとしていました。しかし、いつの頃からか史実を記したり、評価した歴史書の方を好んで読むようになりました。

おそらく、そういった書を読むようになったきっかけというのが綱淵謙錠氏の「斬」であったと思います。

「斬」は小説ではありますが、それまで私が読んできた小説とは一線を画した重厚な作品でした。簡単に言えばドキュメントタッチとでも云いましょうか、創作性の入りやすい登場人物達の心理描写を尽く省略し、豊富な資料をほぼ原文に近いまま使用するスタイルで、史実の上に主人公がどのように生きたのかを淡々と書き綴っていくタイプの作品です。丁度、歴史小説と歴史書の中間に位置するものと評価されているとおり、私自身もそう感じます。

全編を貫く緊張感が読後には疲れを感じさせるかもしれません。しかし、それが良い意味で真実の歴史に触れる事が出来たような感想を持つ事が出来ました。

実際、原文に近い資料の箇所などは最初は非常に読みづらくて中々進まなかったのです。むしろ苦痛でさえありました。物語は150年近い時間を遡った幕末から明治に罪人の斬首という刑罰も消え去ろうとする頃、代々それを生業にしてきた山田浅衛門の時代に翻弄される姿を淡々と描いた作品です。

私は読み進めながら、綱淵氏のペンを通して首切りの刑という現場に放り出されたような錯覚を起こしました。斬首の瞬間の刀の閃き、肉の切れる音、そして流れる血の色があまりに生々しかった記憶があります。あくまで文字を通してのイメージにすぎないのですが、ショックであった事は間違いありません。

読み慣れない古文書も氏の作品群を読み進めていくうちに、いつしか苦痛ではなくなりそれまで読んできた歴史小説と同様にどんどん引き込まれていきました。それよりも歴史小説や時代小説が何だか物足りなくなり、中公や岩波の歴史新書や新人物往来社の書籍の方を好んで読むようになったのも氏の作品のおかげかもしれません。

まさにその切欠になったのが綱淵謙錠氏の作品だったというわけです。

「戊辰落日」の新政府軍が若松城下を急襲したその日の朝、会津藩家老西郷頼母の母と妻子ら女性達は初めから城内への入場は考えてもいませんでした。いつもと同じような日常の中で静かに死についていく、その描写に私は背筋に寒気を感じずにはいられません。氏の筆写にはなんの大げさな修飾はありません。むしろ、それが逆に生々しく自身が頼母邸の現場にいるような錯覚を読む度に覚えるのです。

私が記事を書くにあたって、その現場の空気のようなものをあらためて思い起こしてこそ、はじめて書けるのではないかと思い、書を読み直して見た次第なんです。

綱淵氏の新作を読む事はもう出来ませんが、私の手元にあるほぼ全ての作品を今後何度も読み返していくと思います。

コメント

  1. sig より:

    こんばんは。
    綱淵謙錠著「戊辰落日」、読みました。持っております。
    いつかまた読み返すつもりです。
    早乙女貢「会津士魂」は全巻持っていますが、まだ読んでいません。
    いつでも読めるということで、こういうのはいけませんね。W

  2. Yubarimelon より:

    sigさん、私も読まずに積み重なっている書が随分ありますね。
    いずれ「会津士魂」も読んで見たいと思っています。

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