都からの馥郁たる香り

まだまだ寒い季節の中ですが、梅の開花を聞くと春の到来を感じずにはいられません。

梅の花と聞くと私は「香の前」という仙台の御香を思い出します。それは梅の香りのする御香であります。以前知り合いの方に焚いていただいたことがあるのですが、この御香は京風の香りに仕立ててあるという事でした。御香の香りも素晴らしかったのですが、私がその時一番関心を持ったのは「香の前」という商品名の由来である一人の女性についてでした。

香の前は豊臣秀吉の側室お種の方であります。当時天下人となった秀吉は有力大名の家臣を直臣にするという引き抜き工作を度々行っていました。大河ドラマの直江兼続もその一人ですし、徳川家康からは石川数正、島津義久からは伊集院忠棟といった具合です。そして、伊達政宗からは片倉小十郎景綱と茂庭綱元に秀吉の触手が伸びました。(注1)

景綱については後日機会がある時に書くとします。もう一人の綱元は天正13年11月17日(1585.1/6)人取橋の合戦(福島県本宮市)において伊達軍が3倍以上の蘆名・佐竹連合軍の猛攻を退けた際、壮烈な討死にをした鬼庭良直の嫡男であります。鬼庭という姓を茂庭に改名させたのは秀吉だということです。(元々茂庭だった苗字を戻させた。)ちなみに茂庭氏の遠祖は平家物語や奥の細道(むざんやな 甲の下の きりぎりす)で有名な斉藤実盛であると称してます。

さて、その綱元が文禄3年(1594)2月文禄の役の最中名護屋城で秀吉から碁の誘いを受けました。この時共に接待したのがお種の方でした。秀吉は綱元に対して自分が負けたらお種の方を譲ると言い出します。言葉には出しませんが、その代わりに綱元が負ければ自分の家臣になれというという意味です。これは綱元も負けるわけにはいきません、お遊びなどではなく戦と同様の決意で挑まねばならないわけです。結果として秀吉に勝つ事が出来たわけで、これ以降秀吉も綱元を引き抜くようなことはしませんでした。そして、約束通りにお種の方は綱元に伴われて奥州へ移り住むことになったわけです。(注2)

お種の方は伏見商人高田次郎右衛門の娘で22歳。一方綱元は政宗よりも18才年上の46歳、24才という年の差夫婦であったわけです。彼女は容姿端麗で話し方は京言葉と当時の仙台ではかなり注目された事でしょう。又、梅の花を愛したことからいつしか香の前と呼ばれるようになったのです。主君政宗でさえ彼女の美しさに魅せられてしまいました。綱元は彼女との間に娘子がいましたが、政宗に差し出したのです。

やがて、香の前は政宗の子供を身ごもり、綱元の元に帰ってきます。こうして綱元の子供として生まれたのが宗根であります。政宗は宗根を伊達家親族の亘理重宗の娘婿として高清水(現宮城県栗原市)に知行地を与えます。宗根と共に香の前も高清水に移り68歳で生涯を閉じるまでこの地で過ごすことになります。(注3)

宮城県登米市にある登米市歴史博物館には香の前が秀吉から賜ったとされる水差と政宗が宗根のことについて香の前に宛てた書状等が収蔵されています。

現在、香の前のお墓は存在していません。高清水中町にある福現寺に、宝暦7年(1757)亘理5代倫篤が佐沼城(現宮城県登米市)に移封したためそれまでの初代宗根から4代定篤までの墓所があった、と亘理家廟所の案内書きに記されているだけです。香の前の法名が安楽院浄譽心清法爾大姉である事から、同じこの地に墓所があったと推測されます。(当時安楽寺があった場所に現在の福現寺があるということから。また、福現寺の本堂が墓所であるとする説もあります。)

御香「香の前」の香りからは優雅な京の佇まいを仙台に持ち込んだ美貌の香の前を想像することは容易に出来ます。しかし、秀吉や政宗に愛されて当時の女性としての幸せは手にしたにもかかわらず、彼女の心象風景の中にはどこか戦国の男達に運命を翻弄された悲しさが隠されているような気がしてなりません。そんな風に考えてしまうのは、やはり価値観が多様化した現代に生きる私だからでしょうか。

注1:兼続のように二家に仕えずという人が多かったようですが、石川数正のように一家揃って出奔してしまった例もありますし、伊集院忠棟にいたっては家中の妬みを生み一族が悲劇に見舞われた例もあります。

注2:主君伊達政宗は自分に無断で秀吉から奥さんを貰って来るとはけしからんと、綱元に隠居を命じます。これに反発して綱元はお種の方と共に出奔。数年後帰参を許されています。(一説には政宗がお種の方を譲れと命じたのを綱元が拒否した為とも言われています。帰参を許されたのも香の前を政宗に献じたからとの説も。)

注3:政宗は亘理重宗の嫡子定宗に伊達姓を賜り、一門とし涌谷伊達家の祖としました。後年、定宗の跡を継ぐ次男頼長が寛文11年大老酒井雅歌頭邸で原田甲斐宗輔と対決する伊達安芸宗重であります。一方、政宗と香の前のもう一人の子供が宿老原田宗資に嫁ぎ宗輔の母となる慶月院です。

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