愛媛松山 ロシア人墓地で慰霊祭

日露戦争の捕虜を埋葬した松山市御幸1丁目のロシア人墓地で25日、第49回慰霊祭(市主催)があった。(2009.3.25愛媛新聞)

日本で初めて開設された松山捕虜収容所には約6000人のロシア軍捕虜が送られてきた。その待遇は戦争捕虜としては考えられない程の暖かい処遇が許されていました。松山公会堂から半径一里以内は自由行動が出来、将校は市内居住まで許されていた。更に梅津寺の海水浴や芝居見物、道後温泉への入浴等が認められていたという。ハーグ条約による博愛処遇で将校が妻子呼び寄せた例も16組もあった。

ロシア軍兵士が「マツヤマ」と叫びながら投降したというは、松山捕虜収容所での人道主義がロシア軍にひろく浸透していたせいに違いありません。

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