又兵衛桜 放浪の戦国武将後藤又兵衛を偲ぶ

大阪の陣で奮戦した武将、後藤又兵衛の屋敷跡にあったことから名付けられた宇陀市大宇陀区本郷のシダレザクラ「又兵衛桜」が見ごろを迎えている。(2009.4.8奈良新聞)

後藤又兵衛基次が僧となり、当地に隠棲したというのはあくまで伝説です。大阪夏の陣にて伊達藩片倉重長の隊と乱戦中に銃弾を受け自害したというのが史実であります。しかし、今も昔も又兵衛のようにとかく話題になりやすい人物というのは、死して後も伝説を生み出すものなのかもしれません。

人気があるゆえに、講談のネタにもなりやすかったのが後藤又兵衛であります。一例を挙げると、黒田節で有名な「日本号」の槍を又兵衛が母里太兵衛友信から譲り受けたというのは全くの作り話であるようです。友信が福島正則との呑み合戦に勝利し、秀吉拝領の日本号を勝ち取ったところまでは史実であるのですが、講談ネタとしてはもう一押しほしいところ。そこで同じ黒田家家臣で人気の後藤又兵衛を引っ張りだしたというのが事実でありましょう。

史実よりも伝説が一人歩きしている感のある後藤又兵衛ですが、それゆえ黒田家放逐後も全国の大名から誘いの声が絶えなかったのも頷けます。

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