歴史を直視し、教訓に 日本公開未定の南京大虐殺を描く映画 

2009年4月27日、「ドイツのアカデミー賞」と称されるドイツ映画賞(ローラ賞)の授賞式が25日に開催され、7部門にノミネートされていた映画「ジョン・ラーベ」が作品賞など4部門を制覇したと報じられた。作品賞のほかに主演男優賞、美術賞、衣装デザイン賞を受賞した。(2009.4.28YahooJapanニュース)

南京大虐殺を描いた2本の中仏独合作「ジョン・ラ-ベ」と中国「南京!南京!」。どちらも日本公開は不可能であるという。映画というのは商業作品として公開されるものですから、これを配給する会社が儲けにならないという理由で公開しないのは仕方ないかもしれません。ですが、私達日本人は史実である南京事件に対しても目をそむけなければならない必要があるのでしょうか?

現在、南京事件の論争は虐殺そのものは認めるが、果たして虐殺といえる程の殺戮があったかどうかということが論争の中心になっているようです。主に中国が主張する犠牲者30万人以上とする説、国内では数千人~10万人以上の犠牲者であったとする説。家永教科書裁判からはじまった南京事件調査委員会で真っ向から否定論を唱えた元柘植大学講師の田中正明氏などは国際法上の戦闘行為の延長として行われたとする虐殺否定説も存在しています。

これだけ多くの説が存在するというのは、結局事件を裏付ける決定的な証拠が打ち出せないからなのでしょうが、今後も事件が史実として決着しそうな気配はありません。

私のような素人がこの問題が浮上するたびに思うことは、日本はどうして南京事件をベールで覆うことばかり考えているのかということです。もう随分前になりますが、1995年村山総理のいわゆる「村山談話」で「アジア諸国に対する日本の植民地支配と侵略については、疑うべくもない歴史の事実である。」と公式に発表しているのです。もうそろそろ南京事件についても日本人は直視すべき時期に来ているのではないかと思います。

それぞれの国において表現の違いはあれど、歴史を過去の教訓とするならば、それから目を背けることは日本には出来ないことだと思います。映画は非常に影響力の強いものであり、ましてや真実を基につくられたと製作者側が主張するのであれば見方にも注意が必要かもしれません。しかし、目をつぶってしまえば何も見ることは出来ません、ましてや考えることも。

記事中の「ジョン・ラーベ」には日本兵による残虐シーンがあるそうですが、今回のようにドイツの映画賞の主要部門を受賞したことをきっかけに私達が南京事件について知り、考える良い機会がきたのではと思いました。ですが、残念ながらそれは失われてしまったようです。

コメント

  1. 核心 より:

    結構知られているようなのですが、防衛研究所戦史部が南京を否定するのは、GHQのGSとG2の占領政策の違いから来ていました。
    この戦史部OBで終戦時少佐のM.T氏が2006年に親父(栗原利一)のスケッチブックの破壊工作を行なって失敗しています。
    (この方は、偕行社にいた時に東裁判を計画された方でもあります。)
    以下は「加害と赦し、南京大虐殺と東史郎裁判」の中の吉田裕氏の論文の抜粋です。
    防衛研修所戦史室の源流
    ...この資料整理部の前身は史実調査部、さらには史実部であるが、一貫してその中心的地位にあったのは、元陸軍大佐の服部卓四郎だった。
    服部は、タカ派で有名なGHQ参謀第二部(G2)部長の、C.A.ウィロビー少将の援助の下に、周辺に旧日本軍の幕僚将校を集めて「服部グループ」を結成する。
    占領中から、秘かに再軍備計画の研究にあたっていたのは、このグループである。
    一方、「服部グループ」は、史料整理部を中心にして、「大東亜戦史」の編纂にも、大きな力を注いだ。
    この点について、二代目の戦史室長をつとめた島貫武治は、次のように書いている。
     史料整理部の陣容は俊秀をもって当てられ、服部卓四郎、...各大佐、...各中佐、...少佐等で、 わが国においても政府による正統の大東亜戦争史を編さんすべきであるとの願望を抱き、 史料の収集整理に努めるとともに、昭和二十八年には大東亜戦争全史四巻を世に発表した。
    ...著者は服部卓四郎となっているが、「実際は各戦域の作戦参謀級の幕僚が、分担執筆し、稲葉正夫(四二期、終戦時陸軍省軍務局軍事課員、中佐)がまとめたもの」であり、服部周辺の旧幕僚将校による合作だった。
    そして、「後にこの整理部から多くの人が、貴重な史料とともに戦史室に転用され」、戦史室の中心を、これらの旧幕僚将校が占めるようになったのである。
    ...戦史室編纂の「戦史叢書」が、旧軍の立場を代弁する弁明史観的性格を色濃く持たざるを得なかった...
    (皮肉なことに親父が65連隊だったものですから、服部氏が最後の連隊長を務めた65連隊の2万人の捕虜殺害が一番明確に事実が解明されています。)

  2. 核心 より:

    南京陥落時の捕虜の殺害は当時の新聞報道にある通り7万人~10万人未満です。
    戦闘時の殺害も含めると30万人を超えます。

  3. Yubarimelon より:

    核心さん、コメントありがとうございます。
    貴重なご意見感謝です。後学のために参考にさせていただきます。

  4. 核心 より:

    南京大虐殺は世界的に誤解されています。
    中核的な出来事は南京陥落時の城外における大規模な捕虜の殺害です。
    父親(栗原利一)のスケッチブックでも7万余人と書かれています。
    非戦闘時の7万余人の捕虜の殺害ですから、当然、日本陸軍が軍の組織として行なったものです。
    捕虜の多くは蒋介石軍兵士などです。
    ただ、中国側の言う30万人説は戦闘時の犠牲者も含めた数として合理的な数です。
    昭和12年7月の南京の人口は135万人です。
    11月末の人口は50万人で、これに南京防衛軍15万が加わった65万人が日本軍の攻撃に晒されました。
    否定派の言う20万人は逃げ場の無い貧民の数です。
    小平市の警察学校と小平団地を合わせた(昔の警察学校の広さ)10万坪の安全区に押し込められた貧民の数です。
    (65連隊のシャーカンおける2千人斬首は父だけが日本側の証人です。名古屋市の河村市長は無知なだけです。「ジョン・ラーベ」は城内での出来事しか書かれていないので日本人には誤解を与えます。)

  5. Yubarimelon より:

    核心さん、コメントありがとうございます。

  6. 核心 より:

    日本政府が南京陥落時の日本陸軍による大規模な捕虜の殺害を、そのまま認める可能性はまったくありません。
    それは昭和天皇の戦争責任にまでことが及ぶからです。
    半永久的に日中両国のこの問題に関する歴史認識が解消されることはないでしょう。
    中国側も私の話程度にさえ歩み寄ることはないと考えています。
    ただ、日本側にはこの事実を記録する公的機関はありませんので我が家の資料は、結局は中国側に寄贈せざるをえないと考えています。

  7. 核心 より:

    日本軍の殺戮は戦闘時にしろ、非戦闘時にしろ、殆どは城外で行なわれたことです。
    城内に留めおかれた欧米人によって書かれた「ジョン・ラーベ」は、かえって日本人に誤解を与える可能性があります。
    「南京!南京!」の上映を認めて、「ジョン・ラーベ」の上映を認めなかったことは適切な対応だと思います。
    政府関係者はこれらの歴史的事実は知っていますから。

  8. Yubarimelon より:

    核心さん、コメントありがとうございます。

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