琳聖太子 子孫が韓国益山市武王陵墓を参拝

韓国日報が4月、ある日本人夫妻が韓国の益山市にある「武王陵」を訪れ、参拝したと紹介した。千葉県在住の大内公夫さん夫妻は百済の聖王(ソンワン)の三男の琳聖(イムソン)太子の 45代目の子孫にあたり「1400年ぶりに先祖の墓参りが叶ってとても嬉しい」と喜びを伝えた。(2009.5.3YahooJapanニュース)

琳聖太子が日本を訪れたのは推古天皇5年(597)で、厩戸皇子(聖徳太子)に会うためであったということです。ただし、これには資料的な裏づけがないため、あくまで伝説の範疇にとどまっています。琳聖太子は後に日本に帰化して多々良氏を名乗り、その後裔が戦国時代に西国の覇者であった大内義隆であります。

大内氏が琳聖太子の子孫であると名乗ったのは室町時代になってのことだったため、これも史実であるとされていないようです。しかし、本来日本の武家棟梁は真実の程はともかく先祖を源氏か平氏と名乗るものなのですが、大内氏は朝鮮王朝にルーツを求めたわけです。どうもこれは朝鮮との貿易を有利に運ぶためであったと近年の研究で指摘されています。

琳聖太子が実在したかどうかも今後の研究や新資料次第でしょう。ですが、記事中にもあるよう韓国と日本両国が、国際問題で時に摩擦を起こすこともあるものの、歴史的に共有する部分もたくさんあるのです。それらをふまえて、今後の日韓関係が一層発展してくれればと思います。

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