北京原人 洞窟遺跡を72年振りに再発掘

北京市郊外の周口店にある北京原人洞窟(どうくつ)遺跡の発掘調査が、今月中旬から7月にかけて、中国科学院古脊椎(せきつい)動物・古人類研究所などによって行われることが分かった。(2009.5.5時事ドットコム)

日本が真珠湾攻撃を行った1941年、北京原人洞窟遺跡の中国人作業員達は貴重な北京原人の化石をアメリカに送ることに決めた。同年11月に4つの完全な頭蓋骨を含む化石をSADE1とSADE2という箱に収め、北京協和病院総務長に送り届けた。しかし、そこからセキュリティールームへ搬送する間に化石は行方不明となり、現在まで失われたままである。

失われた北京原人の化石は日中戦争の混乱に紛れて、日本人が持ち帰ったとする説が根強くあります。実際、中国の当局者の中にははっきりと日本の学術団体が現在も保持している可能性は捨てきれないと話しています。

これらの説を裏付けるのかどうか判りませんが、日本のあるNという老人が中国古人類学者賈蘭坡氏に打ち明けた話では、戦時中関東軍の武官であったN氏は敗戦後の1946年に旧満州国自然博物館自然科学部部長の遠藤隆次氏の下に身を潜めていた。そこで遠藤氏はN氏に白布に包まれた箱から取り出した頭蓋骨を見せて、これは北京原人だと話したというのです。N氏は遠藤氏の一人息子が若死にしたこと知っていたため、取り出した頭蓋骨を考古学という職業的習慣から息子の墓に埋蔵したのではと推測した。

N氏が賈蘭坡氏に語った同年(1999?)に行われた北京原人頭蓋骨発見七十周年記念国際古人類学学術シンポジウムに際して、N氏が再び北京に戻りたいという意思があることと、遠藤氏が戦時中に北京原人の研究を行っていたこと、N氏が語った当時の頭蓋骨の保管状態の説明が賈蘭坡氏が記憶していた保管状態と完全に一致するとはしたものの、N氏の説は信憑性に欠けると判断した。

仮に北京原人の化石が日本に、しかも学術団体が持っているのだとしたら、一体どんなメリットがあるというのでしょうか?考古学の進展のためにはいかなる理由があろうと研究の成果を公表すべきであります。現在の状況から今更表沙汰に出来なくなってしまったというのであるなら、どんなルートを使ってでも中国に返還すべきだと思えます。しかし、現時点でそういった動きは一切ない事と日本の研究機関が学問の進展を妨げるような事を黙認しているとは信じ難い(そう思いたい。)事から考えてみても、私は日本の学術団体が北京原人の化石を保持しているとは思えません。(ただし、個人が隠し持っているという可能性は無きにしも非ず。)

残っていた北京原人の小さな頭骨は2004年に初めて北京人遺跡博物館で一般公開されました。中国公安局爆弾処理班が警備を担当するなど物々しい警戒であったという。また、2005年には中国政府が主導する頭蓋骨捜索チームが発足されています。民間レベルでの捜索はこれまでも行われてきましたが、政府が主導することで事態の打開に繋がるかと思われました。しかし、捜査の進展は現在のところ明らかにされていません。

今回の発掘調査の再開で新たなる発見があることを期待したいところです。

参考にしたサイト:北京原人の頭骨を初公開、一部は日本に?(2004.10.2SearChinaNews)、北京原人の頭蓋骨捜索チームが政府主導で始動(2005.7.4SearChinaNews)

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