大垣城 寄贈された鉄門の解体作業で出所が判明

岐阜県各務原市に寄贈された同市内旧家の門が、旧大垣城本丸表口の鉄(くろがね)門だったことがわかり、移築された同市鵜沼西町の中山道鵜沼宿町屋館前で8日に披露された。(2009.5.9YomiuriOnline)

大垣城は明治の廃城令を受けましたが、天守閣は破却されずに保存され、昭和11年に国宝に指定されました。しかし、太平洋戦争の空襲で消失。現在の天守は昭和34年に復元されたものです。

大垣城は関が原の合戦で西軍の敗北後、東軍に攻略され落城しました。この時城に篭城していたおあむという女性が、後に子供らに合戦の凄惨な様子などを昔話として聞かせたのが「おあむ物語」です。おあむの父親は石田三成に300石でつかえていた武将だとされています。物語の最後はおあむ達家族が盥に乗って堀を越え、城外に落ち延びたところで締めくくっています。

大垣市では、この「おあむ物語」にちなんでかつて大垣城の外堀であった現在の水門川を、たらい船に乗って下るというイベントを行っています。大人が二人、子供が一人乗れるほどの大きさの盥に乗り30分くらいの時間をかけて川を下るというものです。とても人気があるようで予約しないと乗れないらしいです。ちなみに、大垣市は松尾芭蕉の「奥の細道」の最終地点であることから、「舟くだり芭蕉祭り」というイベントも毎年春に行っています。

参考にした記事:「たらい舟川下り」で桜を楽しむ(2009.4.9中日新聞)

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