仙台藩木鉢番所 行方知れずであった古文書を発見

2008年6月14日に発生した岩手・宮城内陸地震から、もうじき1年が経とうとする当地栗原市栗駒地区の全壊した蔵から、所在の伝承だけが存在していた仙台藩番所の周辺地図と古文書が発見された。(2009.6.5毎日jp)

罹災された方を思えば手放しで喜ぶべきではありませんが、所在の判らなかった史料の発見には大いに意味があると思えます。今回のように災害の結果から歴史的発見に繋がったのは過去に、平成7年1月17日の阪神・淡路大震災により兵庫県芦屋市から松尾芭蕉直筆ではないかと物議をかもし出した「奥の細道」が陽の目を見ることになった例があります

「番所」は簡単に行ってしまえば、仙台藩の役人がその地区を監視するために詰めていた建物のことです。これは藩領の境である場所に置かれれば関所の役目をしますし、海岸線に設置されれば不振船の監視を任務にしていたと思われます。そのため、数も多く奥羽山脈方面の藩境だけでも12箇所設置されていたようです。

今回発見された木鉢番所もそのうちの一つだと思われます。史料の解析が進めば新たな史実にもつながるかも知れません。また、そのことが災害に遭われた方々への小さくても励みになってくれればと思いたいです。

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