会津藩 戊辰のわだかまりは氷解するのか?鹿児島民俗学会との合同発表会

鹿児島県和泊町で鹿児島民俗学会、えらぶ郷土研究会、会津学研究会の3学会が合同で研究報告をした。戊辰戦争では敵として戦った会津と薩摩のわだかまりを超え「今後も交流を続けたい」としている。(2009.6.6南日本新聞)

昭和61年(1986)山口県萩市が福島県会津若松市に対して、戊辰戦争120年に際して友好都市提携を持ちかけた。しかし、一部の市民から「いまだ時期尚早である」と反対の声が上がり、提携は実現しなかった。また平成19年4月14日、当時の安倍晋三首相(山口4区)が参院福島補選の応援のため当地を訪問した際、演説の中で「先輩がご迷惑をおかけしたことをおわびしなければいけない。」と発言。これは山口県出身の安倍氏が、140年も続く会津と長州の関係を意識したものであったと考えられる。

会津人の戊辰戦争や、その後に味わった辛酸による薩長へのわだかまりは、本当に現在に至っても尾を引いているのだろうか?その答えは、おそらくyesであろう。もっともそれらは年配の方々が中心で、ほとんどの若い世代に関しては特に意識はしていないという意見もある。

記事の鹿児島県との合同発表会のように、市民レベルでの交流はすでに山口県とも実現している。しかし、一方では、会津若松市の市長が県外の会合に出席する際、山口県の長との同席予定があれば時間差で入れ違いになるように調整されるケースもあるという。更に、1996年に萩市市長が市民劇団の招きに応じて非公式に当地を訪問した際、その答礼として翌年会津若松市市長も萩市を訪問したが、記者会見の席では「ニュースで流れるには時間が必要だ。」と、握手を求められても応じなかったという。

以上のように、戊辰戦争後141年を経た現在でも、会津の人達の心にわだかまりが存在していることは確かなようであります。市民レベルでの交流は今後も発展していきそうですし、私は個人的にはこれらのわだかまりは過去の歴史を風化させない、語り継ぐという意味では良いことではないかと思っています。こうした会津人の気性というか、過去を忘れない頑固さは、今の日本人から忘れ去られようとしている部分のような気がします。私としては、むしろ大切にしてほしいと感じるくらいです。

もちろん、これらの事が原因で、何か事故が起きたりするようなことはないでしょうし、あって欲しくはありません。もっとも、山口や鹿児島の人から見れば、「何故いつまでも敵視されるのか判らない」というわだかまりも逆にあるかもしれませんけど。

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コメント

  1. fuzzy より:

    歴史に興味は尽きない。会津の歴史も戦国時代から幕末まで日本の歴史にその存在を示しています。戊辰戦争には涙なくしては語れません。西南の役では薩摩相手にを会津出身者が活躍したのは因果なものですね。

  2. Yubarimelon より:

    fuzzyさん、コメントありがとうございます。
    私も歴史というものを今以上に多角的にみて、検証しないといけないと思っています。まだまだ勉強が足りないと痛感しています。

  3. U3 より:

    でもね若い世代にも未だにあるんですよわだかまりが。

  4. Yubarimelon より:

    U3さん、コメントありがとうございます。
    若い世代の方々の中にも、会津の気風を受け継ぐ方達が少なくないということですね。貴重なご意見感謝です。

  5. 鹿児島 より:

    はじめまして。会津人と結婚した鹿児島出身の女性です。
    会津や東北の義家族に薩摩だからと激しいいじめに遭っています。
    「会津・戊辰のわだかまり」とはどういったものでしょうか?
    具体的に、率直なご意見を広く伺いたいです。
    (私怨はありません。念のため)
    何が正しい史実なのか、自分なりに勉強中です。
    憚りないご意見をお待ちしています。
    また、下記のリンクもご一読下さい。
    (質問者は私です)
    http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?qid=1325388798

  6. Yubarimelon より:

    鹿児島さん、コメントありがとうございます。
    ご質問の件ですが、リンク先の質疑応答を詳しく読ませていただきました。その結果、実際に会津地方で生活されている方々の回答以上に具体的で鹿児島さんが納得出来る返答を私には出来そうもありません。私自身blogを書きながら勉強しているといった具合なので、申し訳ありませんがここでは割愛させていただきます。
    ただ個人的な意見ではありますが、戊辰戦争で敵となった薩摩や長州の人達に対して今も偏見を持っている会津の人の中でも、考え方に個人の温度差はあるのではないでしょうか。市民レベルでの交流が行われているのも事実でありますし、全ての人達が鹿児島さんのご家族のような応対をしているかと考えるのもどうかと思われます。関東で生活されてるとのことですから、帰省された際に会津の方かあるいは同じように会津に移ってきた方と話が持てる機会があれば良いですね。
    満足いく返答にならなかった事、あらためてお詫びします。

  7. 鹿児島 より:

    Yubarimelonさん
    ご丁寧な返答ありがとうございます。
    この数年間、会津関係のブログや掲示板にコメントを寄せると、悉く消去されてきました。きちんとご返答くださったのはYubarimelonさんが初めてです。心よりお礼申し上げます。
    確かに薩長に対する偏見には個人差があります。私の主人は大学から上京し加えて歴史に詳しいこともあり、会津観光史学には批判的です。
    また、帰省して会津の方々と戊辰に関することを話す機会などこれからもないでしょう。飲食店やホテルなどでも、鹿児島と聞くと態度が急変しますので(苦笑)。
    私自身も様々な史料や文献などを手にしたり、ネット上の戊辰に関する意見などを拾い集めたりと勉強中です。
    これからもYubarimelonさんのブログを拝見し参考に致します。
    ブログのご発展を祈念しております。

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