山本勘助 市河文書を山梨県教育委員会が購入へ

これまで戦国時代の武将武田信玄に仕えた山本勘助の存在を唯一証明する史料とされた「市河家文書」を山梨県教育委員会が購入すると発表した。(2009.6.12MSNニュース)

市河家文書とは、戦国期は武田氏に仕え、江戸期には上杉家に従った市河氏一族が代々受け継いできた古文書のことだ。しかし、明治になり所有が他家に移ると、文書自体も多くが分散してしまった。最も数多くの文書を保存しているのが本間美術館(山形県酒田市)で、これらは重要文化財に指定されている。

昭和44年北海道釧路市在住の市河氏子孫の方が所有していた武田晴信の書状の中に「山本菅助」なる人物の名前が記されていたことが世に知れ、俄かに山本勘助実在説が浮上したことは以前のblogに書いた通りです。今回山梨県教育委員会が購入することに決めた書状とはこの市河家文書のことであります。

記事にあるように、山梨教委が市河文書を2000万円もの額で購入することを決意した背景には5月1日の山梨日日新聞(下記サイト参照)に掲載された群馬県安中市の民家で発見された「山本管助」宛ての信玄の書状の調査結果によるものと推測されます。

本日6月12日付け読売新聞地方版に、この安中市で発見された書状を調査した山梨県立博物館学芸員海老沼真治氏のコメントが掲載されていました。それによると、「細部に疑問点は残るものの実在した山本管助を知る2例目の史料と言える。」と書かれています。すなわち、釧路市の市河文書の山本管助と安中市で発見された書状の管助は同一人物である事が明らかになったというわけです。

これまで片方の市河文書だけでは山本勘助の存在は推測の域を出なかったわけですが、これにより互いを補完する形で武田信玄の家臣山本管助の存在を確証出来たことになったわけです。2000万円という高額ではありましたが、市河氏は元々は甲斐の豪族でありますし、武田氏の真実を県を挙げて明らかにしてゆこうとする姿勢もあり、ゆくゆくは国指定重要文化財を目指すのであれば、山梨県の宝物にしたことは決して高い買い物ではなかったはず。

山本管助に関しては、安中市の例もあるように今後更に新たなる発見があるような気がしてなりません。それは近い将来、軍師山本勘助の存在が定説になる日が間違いなく来るであろうという意味であります。

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