旧名主から寄贈された史料の中から直江状の往来物を発見

福島県福島市の史編纂室より直江山城守が書いた直江状の写し、いわゆる往来物が発見された。これは数年前に市の旧名主が寄贈した200点の古文書のうちの中から見つかったということだ。発見した県史学会長の村上友彦氏は「江戸時代の教科書に当たる往来物で、直江状を手書きで写したものは珍しい」と話している。(2009.8.7福島民報)

発見された往来物は慶安4年(1651)に書き写された書であることから、直江状の印刷本が出版された3年前に当たり現存する最古のものの可能性が高い。村上氏は出処が明確な事と発見された場所が当時上杉領であったことも興味深いと話している。

往来物は平安時代から明治初めにかけて、主に往復書簡等の手紙文形式をとって作成された教育用の教科書の総称である。当時の人々の日常生活で必要な知識や道徳、礼儀作法に立脚した往来物は、識字率を高めるなど近代以前の庶民教育を支えた原動力として、日本の教育史上高く評価されている。(Wikipediaより)

平安の頃は中国の文書形式を模倣し利用されてましたが、やがて時代とともに日本独自の形に発展していったようです。武士や商人達がそれぞれの身分に合わせた知識や情報を盛り込んだものや、習字の手習い用など手紙文の形式に捉われない往来物が書かれていったことが判っています。また、江戸時代になると寺子屋の教材として様々な往来物が執筆され、その数は把握できないほどだそうです。

記事中の「直江状」の往来物がどのような経緯で書かれたのかは、今後の調査で判明するでしょう。しかし、上杉家の歴史、すなわち会津120万石から米沢30万石に減封された史実を領内の庶民にも伝えるべく書かれたものなのでと想像できます。慶安4年は兼続の死後30年も過ぎてはいましたが、天下の家康に対して上杉の気概を見せた人物として誇りを持ち続けていたからではと思われます。

発見された往来物は、民政家としての業績から今も昔も庶民の尊敬を集める直江山城守を証明する史料として、位置づけられるのではないでしょうか。

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コメント

  1. okin-02 より:

    我がブログに、アクセス nice!有難う御座います。
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  2. shige より:

    訪問&nice!
    ありがとうございます^^
    よろしくお願いします!!

  3. Yubarimelon より:

    okin-02さん、コメントありがとうございます。
    また訪問させていただきます。

  4. Yubarimelon より:

    shigeさん、コメントありがとうございます。
    また訪問させていただきます。

  5. Yubarimelon より:

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