仙台東照宮

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前回に引き続いて仙台での歴史散策です。旧仙台城から部材を移築した宮城県知事公館正門から東へ、市内中心部を抜けて国道45線を松島塩釜方面に向かいます。新幹線の高架下を抜ける手前の信号を左に折れると、そこから今回の目的地である仙台東照宮へ真直ぐつづく宮町通りに入れます。仙台東照宮もblogのサイドバーで紹介したことがありました。私は以前この界隈に住んでいたので地理についても詳しいのです。

仙台東照宮は伊達藩二代藩主忠宗公が承応3年(1654)に完成させ、領内では塩竃神社に次ぐ待遇を与えられていた。この地には元々は天神社という社がありましたが、東照宮造営のために榴ヶ岡(現宮城野区榴ヶ岡公園のすぐそば)へ移転しています。実はここは東照大権現こと徳川家康とはゆかりのある地で、天正19年(1591)に豊臣秀吉の会津仕置において領地を失った豪族達による反乱、葛西大崎一揆平定の視察を終えた家康が一揆の黒幕と目された伊達政宗と一緒に宿陣した場所なのです。秀吉の天下統一が成った直後だっただけに、二人がどんな会話をしたのか興味を引くところです。

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宮町通りを北に進み仙山線の踏切を渡れば、そこが仙台東照宮です。国指定重要文化財の石鳥居の下をくぐり写真の石段を上ると、同じく国重要文化財の随身門へとつづきます。石段の左右には創建された時に伊達家一族重臣達がそれぞれ奉納した石燈籠が37基あります。

燈篭の後ろには奉納年月日が刻まれていて、承応3年(1654)のものが31基、延宝8年(1680)が2基、天和2年(1682)が4基。これは寛文11年(1671)の伊達騒動に連座した家臣の燈篭7基が除かれ、後に6基が新たに追加されたためです。原田甲斐宗輔の石燈篭も短い期間ではありますが、境内に奉納されていたわけです。

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石段を上りきった場所にある随身門です。左右には本多忠勝と藤堂高虎の木像が安置されています。随身門の先は拝殿と本殿があり、本殿は一般公開されていません。

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向かって右側のこの像が藤堂高虎。外様大名として徳川家の先陣を担ってました。

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左側は家康に過ぎたるものの一つ、本多忠勝の像。

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随身門を振り返ると宮町通りが真直ぐ延びていて、東照宮への参拝のために整備されたことが良くわかります。東照宮近辺は駅前中心街の賑わいからも離れ、緑多く静かな佇まいを見せています。近くには台原森林公園もあり、仙台散策の中で私が一番好きな場所であります。

仙台東照宮へは仙台駅からJR仙山線でも来れます。東照宮駅を降りれば目の前です。

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原田甲斐宗輔(2008.7.22)

コメント

  1. fuzzy より:

    こんにちは、仙台東照宮は行ったことがありません。此処は日光東照宮と違いちゃんと石燈籠ですね。

  2. 駅員3 より:

    仙台に東照宮があることをしりませんでした[ひらめき]
    伊達政宗と徳川家康の話など、大変興味深く拝見させていただきました(^-^)

  3. Yubarimelon より:

    fuzzyさん、コメントありがとうございます。
    仙台東照宮は市内にありながら、青葉城や瑞鳳殿などの観光コースからは外れてしまっています。理由はいろいろあるのでしょうが、私が思うに近隣に住む人達にとって身近な普通の神社というイメージがあるからなのかもしれません。実際、仙台に住んでいながら仙台東照宮の存在自体を知らない人も少なくないようです。

  4. Yubarimelon より:

    駅員3さん、コメントありがとうございます。
    仙台に東照宮があることを知っている人は多くはないかもしれません。
    東照宮といえば日光と久能山ですが、江戸時代には全国で500社近くあったそうです。現在でも130社近くは現存してるそうなので、探せば以外と身近にもあるかもしれません。

  5. Yubarimelon より:

    nice!を入れていただいた皆さん、ありがとうございます。
    対応が遅れることご容赦を。

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