塚原土佐守高幹 推定地扱いであった卜伝の城を本格調査

戦国時代の剣術家、塚原卜伝(ぼくでん)(1489-1571)が城主を務めた塚原城跡(塚原館跡)について、鹿嶋市教委は10月下旬、初めての本格的な発掘調査に着手する。これまで「推定地」扱いだったが、史実解明の一歩につながる可能性も出てきた。(2009.9.27茨城新聞)

卜伝塚原新右衛門は常陸国鹿島神宮神官の一族鹿島氏の子として生まれ、後に分家である塚原氏に養子に入った。実父より鹿島古流、養父より天真正伝香取神道流を学んだ。諸説あるが秘伝「一の太刀」を体得し、自ら鹿島新当流を開眼した。

茨城県鹿嶋市にある塚原ト伝のお墓には以前訪れたことがあります。鹿島神宮から北浦沿いに行く途中の山の中腹にあります。案内板は出ていますが、墓所の周辺は当時の面影をそのまま残す静かな場所でありました。記事中にある塚原館のある沼尾は墓所の北西にあたります。この辺りは須賀城郭遺構郡と呼ばれ、墓所の東にある長吉寺を中心とした防御施設が存在した遺構が点々としています。ですが、現在は一面が畑となり多くの藪に覆われて場所を推定するのが精一杯のようです。

ト伝は生涯を通して兵法修行の旅に多くの時間を費やしていたため、塚原館の主であった期間は第2回兵法修行の旅から帰国した翌年の天文2年(1533)から3回目の修行に出た弘治3年(1557)までの24年間だけであったということです。

これまで市の財政上の理由から城館の調査には着手することが出来なかったとあります。しかし、この場所は県の遺跡地図には埋蔵文化財包蔵地として指定されていますので、今回の調査でト伝の城館であることが証明されれば、実に興味深いことだと思います。それは、私が抱く塚原ト伝のイメージも津本陽著「塚原卜伝十二番勝負」などによる創作上のものが多くを占めているからです。史実としての具体的な卜伝の姿が陽の目を見ることは、誰もが待ち望んでいることでしょう。

塚原館の調査をはじめとし、鹿嶋市では塚原ト伝の観光に力を入れ、平成19年からは5ヵ年計画でト伝を主人公とするNHK大河ドラマの誘致運動を展開しています。まあ、どの自治体でも地元の歴史的人物を大河に引っ張り出そうとしているのには今更驚きはしませんが、城館の調査で良い結果が出る事へは期待したいと思います。鹿島神宮近くに建つ銅像は「無想無我」の境地に達したト伝を表現していて、これは一見の価値があると思います。

コメント

  1. 最近剣豪に凝ってますもので・・。
                         末尾ルコ(アルベール)

  2. fuzzy より:

    伝説の剣聖
    塚原卜伝は、伝説・逸話が多く史実は掴みづらです。上泉信綱や北畠具教などを始め多くの剣豪が弟子と謂れ、正に剣聖ですね。
    大河ドラマ誘致、塚原卜伝良いと思います。

  3. Yubarimelon より:

    末尾ルコ(アルベール)さん、訪問ありがとうございます。
    私も剣豪が大好きなんです。

  4. Yubarimelon より:

    fuzzyさん、コメントありがとうございます。
    大河の主人公になれればと私も思います。

  5. Yubarimelon より:

    nice!を入れていただいた皆さん、ありがとうございます。
    返答が遅れたこと申し訳ありません。

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