纒向遺跡 卑弥呼の宮殿?国内最大級の建物跡を発見 

邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市辻の纒向遺跡で、3世紀前半で国内最大の大型建物跡が見つかったと桜井市教育委員会が10日に発表した。(2009.11.11奈良新聞)

今回発表のあった大型の建物跡とは、今年3月に発見されたそこに連なる西端の建物跡から東に続く3棟のうちの一つです。3月に私が書いたBlogを読むと、桜井市教育委はその時点で大型の神殿のような中心的な建物の発見を予想していました。実際に発見された建物跡を卑弥呼の王宮であると確定するのは時期尚早かもしれませんが、弥生から古墳時代にかけての国内の大型建物跡としては、佐賀県吉野ヶ里遺跡で発見された祭殿をしのぐ最大級のものであるということは確かなようです。

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『上/発見された大型建物跡(手前)、奥が3月に発見された西端の建物跡 下/復元模型』

研究者の中には「卑弥呼の宮殿の可能性がある。」と話しています。確かに少しづつではあるものの、邪馬台国畿内説の外堀が埋まっていく感は否めません。しかし、確信的といえる証拠というものは未だ何一つあるわけではないのですから、畿内説論者がどれだけ気勢を上げようとも史実となりえるはずはありません。

繰返しになりますが、今回の発見を含めこうした邪馬台国論争が国内で盛り上がることで、宮内庁が管理する陵墓参考地箸墓古墳の発掘許可が可能な限り早まってほしいということです。卑弥呼の墓ではないかと云われて久しい纒向遺跡内の箸墓古墳墳墓から、魏志倭人伝の記述どうりの埋葬品が出てくればこれは間違いなく纒向遺跡が邪馬台国であったと断言できるはずなのです。

日本史史上最大の発見であろうと思われる卑弥呼の墓の発見と、それと同時に空白の日本史を埋めることになるその日が、一日でも早く来ることを願って止まないわけです。

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コメント

  1. fuzzy より:

    非常に興味深い遺跡で今後の発掘進行に期待します。私が「幻の邪馬台国」を読んだのは小六の時で解らない字にもめげず必死に読みました。
    邪馬台国が何処にあったのか、判明するのも楽しみですが、解らずロマンとして生き続けるのも良いかなと思いますね(複雑)

  2. Yubarimelon より:

    fuzzyさん、コメントありがとうございます。
    全ての謎が一度に解決することもないでしょうから、邪馬台国のロマンはその後も続くような気がします。逆に新たな謎も出てくるでしょう、未知の楽しみも見つかるのではと思います。

  3. Yubarimelon より:

    niceを入れていただいた皆さん、ありがとうございます。

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