坂本龍馬 人生の進路を見出した江戸での出会い

アナログフィルムで撮影したような、一見すると古めかしくそれでいて温かみのある映像で綴られる大河ドラマ「龍馬伝」。これまでの大河と明らかに異なるのはその撮影と美術に非常にこだわりを持っている点であろう。

特に私が感心したのは、千葉定吉道場のオープンセットの外観である。時代劇での江戸の景色といえば、京都撮影所で撮られた毎度見飽きた町並みが定番であった。だが、今回の大河ドラマでは広島県福山市の敷地にセットを構築し、小道具を含めて幕末の日本をリアルに表現している。(千葉道場のロケは茨城県つくばみらい市にある歴史公園ワープステーションで撮影されたそうです)道場界隈に広がる鎮守の森の高い木立を配したセットがプログレッシブカメラでの効果と相まって、まるで幕末の古写真を観ているような錯覚を覚えさせる。

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『実際の龍馬も女性にとてももてたという。それは美男子であったからではなく、武士であるにも関わらずとても愛嬌があったからだそうです。福山龍馬はその点でも見事に成功していると言えるでしょう』

龍馬が江戸に出てきたのは嘉永6年(1853年)4月の中旬頃、17歳の時であります。12歳から始めた小栗流和兵法で頭角を現してきたわけですが、次男ゆえに剣術で将来生計を立ててゆく道しかなかったのは自然な成行きでもありました。もっとも、彼の心情としてはドラマと同じように進むべき進路に一本筋が通ったものではなかったかもしれません。

世の中の人は何ともいわば言え 我がなすことは我のみぞ知る」剣の道に生きることに不満はなくても、どこか自分には別の生き方もあるのではないか、とも読める若き日の一句。同年6月浦賀にペリー艦隊が現われたのは、まさに運命的であったと言えるでしょう。

しかし、龍馬が本当に自分の進むべき道を確固としたのは二度の剣術留学を終え、土佐藩を脱藩した後江戸に潜伏していた文久2年(1862)10月幕府軍艦奉行並勝安房守との出会いであったことは間違いありません。脱藩前に高知でジョン万次郎を取り調べた河田小龍より西洋の事情を学んでいた龍馬にとってその下地はすでに出来ていたともいえるでしょう。

以前、私は龍馬の功績があまりに偉大であったために、実像以上のイメージが一人歩きしてしまっているようだと書きました。その一端を担っているのが作家の司馬遼太郎氏であり、もう一人がこの勝海舟なのではないでしょうか。ドラマや小説ではお馴染みの龍馬と海舟の出会い。開国主義を掲げている海舟を龍馬と千葉重太郎が斬りにゆくというアレです。この話は維新後に出版された「氷川清話」の中ではじめて世に知られたようです。しかし、海舟が幕末に綴った「海舟日記」の中の文久2年10月の項目にはそれらしきことは一切書かれていません。

龍馬が海舟宅を訪問出来たのは、重太郎の紹介で面会した幕府政事総裁職松平春嶽から紹介状を得たからであります。春嶽公との面会が同年12月5日となっていますので、それ以前に海舟宅を訪問することは出来るはずありません。日記の12月5日以降に目を通すと9日「当夜、有志、両三輩来訪。形勢の議論あり」とあり、11日「当夜 門生門田為之助、近藤チョウ次郎来る。興国の寓意を談ず」とあります。9日に勝を訪問した3名はおそらく龍馬、門田、近藤であったのではと思われます。

では、重太郎は?となりますと、12月29日の項目に「千葉十太郎来る。同時、坂本龍馬子来る。京師のことをきく」とあります。しかし、この時期勝は神戸海軍操練所設立のために兵庫にいましたので、赤坂氷川に二人が訪問したのではありません。つまり、9日に氷川を訪問した龍馬と29日に重太郎と一緒に訪問したエピソードが時間を経て混同してしまったというのが真実のようです。もともと海舟の話というのは嘘を語ってるわけではないのでしょうが、性格として話を面白くしようと誇大表現してしまう癖が見受けられます。

もう一つは龍馬と重太郎が開国論者勝を斬りに来たという点です。龍馬に関しては前述した河田小龍より世界の情勢を学んでいたことから、鎖国で遅れた日本にとって海外の技術を取り入れることの必要性は十分気づいていた筈です。そして、重太郎も父の定吉と同じく鳥取藩に仕官していたため、藩士として京阪に出向いていた時の訪問であったわけです。いくら重太郎が攘夷主義の剣術家であったとしても、藩に仕官している身分で幕府の要人を暗殺しに行くとは到底考えられません。これも龍馬との出会いを面白く誇張した海舟の癖であったと考えるのが良さそうです。

アメリカをはじめとする列強に日本が対抗するためには、海軍の拡充が急務であるとする勝の考えに人生の進むべき道を見出した龍馬。その後、彼の門人となり行動をある時期まで共にします。それは千葉重太郎をはじめとした江戸での多くの出会いがあったからこそ、やがて師となるべき人物へと龍馬を導いたともいえるのではないでしょうか。思春期の鬱屈とした気持ちを抑えながらも、生計を立てるための剣術留学、江戸へ出ること自体が龍馬にとって運命的であったと私は思わざるを得ません。

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コメント

  1. townsrus より:

    千葉道場の外観はワープステーション江戸で撮影されました♪

  2. Yubarimelon より:

    townsrusさん、情報ありがとうございます。
    「龍馬伝」もワープステーション江戸だったのですね。それでも、同じ景色に見えないような工夫をしているところは撮影スタッフに拍手を送りたいと思います。

  3. fuzzy より:

    私も従来の大河ドラマとの違いを感じています、映像はスタジオ撮影では表現出来ない独特な雰囲気を出しています。まだまだこれからですが龍馬伝は意外と良いですね、これからの展開がどうなのか楽しみです。

  4. Yubarimelon より:

    fuzzyさん、コメントありがとうございます。
    私も今後の展開を楽しみたいと思います。

  5. moz より:

    今までの大河ドラマにない、映像と感覚ですよね。
    毎週楽しみにしています。 ^^

  6. Yubarimelon より:

    mozさん、コメントありがとうございます。
    私も毎週楽しみにしながら観ています。

  7. an-kazu より:

    訪問ありがとうございましたm(_ _)m
    龍馬伝での描き方が、今までとどう異なっているのかを比較しながら視聴するのも楽しみの一つですね(^^)v

  8. ノリパ より:

    司馬遼太郎先生の小説から竜馬と出会った身としては、そうかな、と
    思う部分もありますが。今回の大河は意外とイイですね。
    竜馬ファンとしては、頑張れNHK、ですね。

  9. palette より:

    ご訪問ありがとうございました。
    記事、とても参考になります。とくに、氷川清話の細かい記述などは、初めて知ったことばかりです。(何分、勉強不足です)
    これからも拝見させていただきます。どうぞよろしく。

  10. mamitan より:

    ご訪問&niceありがとうございました。
    龍馬伝に惹きこまれるのは映像の魅力にもあったのですね。
    どおりでと納得することができました^^
    これから更に楽しめそうです♪
    これからも歴史の散歩に来たいと思いますので
    よろしくお願いいたします。

  11. Yubarimelon より:

    an-kazuさん、コメントありがとうございます。
    私の場合つい史実と比較してしまいがちですが、ドラマなので今までに無い展開も期待したいところです。

  12. Yubarimelon より:

    ノリパさん、コメントありがとうございます。
    私も「竜馬がゆく」ではじめて龍馬さんに出会ったわけですが、読み進めていくうちにどんどん惹かれていきました。やっぱり最後は涙が止まりませんでした。

  13. Yubarimelon より:

    paletteさん、コメントありがとうございます。
    私もまたblog拝見させていただきます。

  14. Yubarimelon より:

    mamitanさん、コメントありがとうございます。
    また、blog読ませていただきますね。

  15. はじめまして。
    先日は訪問ありがとうございました。

  16. Yubarimelon より:

    ゆいあいママさん、コメントありがとうございます。
    またblogを読ませていただきたいと思います。

  17. Yubarimelon より:

    niceを入れていただいた皆さん、ありがとうございました。

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