聖骸布 キリストの遺体を包んだとされる亜麻布を10年振りに公開

バチカンは10日、処刑後のキリストの遺体を包んだ亜麻布とされる「トリノの聖骸布」をイタリア北部トリノの大聖堂で公開した。(2010.4.1047NEWS)

「トリノの聖骸布」(Shroud of Turin)は聖遺物と呼ばれるイエス・キリストの遺品の一つで、14世紀にフランスで発見された。所有者を転々とし、1983年にローマ教皇が所有権を得た後、トリノの聖ヨハネ大聖堂で保管され現在に至っている。

この亜麻布にはアナログフィルムのネガのように人の全身をかたどった跡が見られ、その手足の部分には釘で打たれたような傷からの血痕、背中はに鞭で打たれたと思われる裂傷からの出血が多く確認でき、頭部は刺し傷による出血も見られる。学術的な調査の結果、布上から人の血清も検出されこれが出血した男性を包んだものと確定、鞭打ちの刑を受け茨木の帽子をかぶせられ、磔にされたイエス・キリストの遺体を包んだものではないかと考えられるようになった。

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『聖骸布の中央部分 男性の頭部が確認出来る』

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『頭部の拡大写真 左は1978年撮影、右側は1931年に撮影されたものと思われる』

キリストの遺品いわゆる聖遺物に関して、私達が耳目する機会は少なくないかと思います。例えば最後の晩餐で使用されたと云われる「聖杯」は映画「インディ・ジョーンズ最後の聖戦」のキーアイテムでしたし、「聖十字架」については、数年前私が投稿したblog「ハッティンの戦い」の中で、1187年十字軍がサラディンに大敗した戦いの際に失われたと書いたことがありました。(「ハッティンの戦い」(1187年)は後日再編集してアップいたします)

しかし、中でもこの「聖骸布」に関しては最も謎めいたものだと思えます。学術的に布上の血痕が人間のものであると証明されたとはいえ、ではそれが本当にキリストのものであるのかどうかについては賛否は分かれるところです。1973年スイスにおいて布に付着していた花粉を科学的に調査したところいくつかのサンプルは死海周辺にしか分布していない種のものであることが判明しました。1988年今度は考古学で使われる放射性炭素年代測定法で調査した結果、布が14世紀頃のものであるとされ、バチカンも聖骸布は贋物であったと公表した。ところが、測定した布の一部が聖骸布を修復した際に使用された部分だったことが判り、再度同様の調査をしたところ紀元後1世紀頃のものであることが確認されたのです。

私のような素人が何より不思議だと思えるのは、どうして包んでいた遺体の姿が布に写ったりするのだろうかという点です。しかも、写真のように顔の輪郭まではっきりと。亜麻布は頭の部分で折り返して全身を覆うような形で使用されていたため、人物の前側と後側がはっきり写っています。布が写真でいうフィルムの役目をしたのだとしたら、外側から光が当たったために感光したということなのでしょうか?それも上と下から。このような例はこの聖骸布だけにしか見られない現象のため、世界中の科学者が血眼になって研究を続けているも、未だ解明出来ていないということです。しかし、仮に布に人体の輪郭が感光したという科学的根拠が解明されたとしても、この人物がキリストであるという証明は出来ないわけです。

現在判っている事実(傷や痣が出来た理由や骨折の有無等)から考えると、聖骸布に包まれていた人物をキリストではないと否定するよりも、それでは一体誰なのかと考える方が一層難しいのではと思えてしまいます。ですが、私自身はこの人物がキリストであるとは思えません。言い方をかえれば、キリストの遺体を包んだ亜麻布に見せかけるよう細工したものとしか思えてならないということです。

理由は単純なのですが、布に写った人体と血痕から判断される人物の状態が、あまりに聖書に書かれているキリストが磔にされた時の描写に当てはまりすぎているという点から疑いをかけざるを得ないのです。その人物が間違いなくキリストであると証明されるのならば、科学的に解明されている聖骸布に写し出された状態と聖書の記述が一致すると云えるのでしょうが、灰色であるなら逆に疑いが濃くなってしまうわけです。

あくまで、私の個人的な想像ではありますが、布は確かにキリストが処刑された紀元後1世紀頃のもの。しかし、後世の人間が当時の布を手に入れ、聖書の記述どおりに聖骸布の贋物をつくり出したとは考えられないでしょうか。(布に写し出された人の痕跡を人工的に作り出すことは不可能だとする研究者もいます)当時も今も聖骸布の存在はカトリック信者にとって大いに有益なものであることに間違いないはずです。そして、多大にその利益を得ることの出来る教会にとっては尚更な気がしてならないのです。

参考にしたサイト

聖骸布-Wikipedia

The Shroud of Turin

コメント

  1. cjlewis より:

    とっても興味深いお話ですね。
    頭部の拡大写真が、いかにも、みんなが思い描いているキリストの顔なんで、ちょっと胡散臭くもありますが、だったら、何?とも思います。
    今後の研究に注目したいと思います。

  2. まる より:

    なんとミステリアスな話を教えてもらいました。
    おっしゃるように、遺体の姿がくっきり布に残っているのは不自然ですよね。
    でもこのせいで、これだけ時間がたっても聖なる布だと人々から崇められる。
    人間って信じて続けるためのなんらかの理由付けを
    後付けでも欲しいものなのかも知れないですね。

  3. Yubarimelon より:

    cjlewisさん、コメントありがとうございます。
    布に包まれていた人物がキリストであるという決定的な証拠が、今後出てきてくれることを期待したいと思います。

  4. Yubarimelon より:

    まるさん、コメントありがとうございます。
    仰るとおりだと思います。現在カトリック教会では、この聖骸布に関して真偽を問わずに信仰上重要なものと位置づけてるそうです。

  5. okin-02 より:

    何時も訪問 頂き有難うございます。
    不調に陥ってたPCの改修作業が終了でスムーズに・・・
    是からは、ブログライフに復活できましたので、お付き合いの程
    宜しくお願い致します。

  6. Yubarimelon より:

    okin-02さん、コメントありがとうございます。
    こちらこそよろしくお願いします。

  7. いつもご訪問&niceありがとうございます。
    トリノの聖骸布の話題にはむか~しからミステリー心をくすぐられています。
    真偽のほどは如何に??
    私にとってこれと同じくらい不思議に思っているのは、ルルドの泉とその発見者ベルナデッタの朽ちない遺体です。
    キリスト教関連には謎が多いですね!!

  8. Yubarimelon より:

    けろっこケロりん 、こちらこそいつもご訪問いただきありがとうございます。
    ルルドの泉については何も知らなかったので調べてみました。世の中にいくつもの謎がまだまだあるものだと驚いてしまいました。貴重な情報ありがとうございました。

  9. sig より:

    こんばんは。
    この写真は見たことがありますが、不思議としか言いようがありません。

  10. moz より:

    ダヴィンチコードから引き続き、
    こういう歴史と宗教に関するものには興味心身です。
    どこまで歴史でどこからが宗教なのか?

  11. Yubarimelon より:

    sigさん、コメントありがとうございます。
    まだまだ現代にも科学では証明できない事があることに、私も驚いています。

  12. Yubarimelon より:

    mozさん、コメントありがとうございます。
    メディアにこうした不可思議な事象が取り上げられと、多くの人が関心を抱くことになります。いずれは科学的に謎が解明される日が来るかもしれませんね。

  13. Yubarimelon より:

    niceを入れていただいた皆さん、ありがとうございます。

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