ハッティンの戦い(1187年)

一昨年公開された映画「キングダム・オブ・へブン」は1099年の第一回十字軍遠征によって占領されたエルサレムが、1187年にアイユーブ朝(当時はシリア=エジプト連合)のサラディン(アサーフ・アッディーン)によってイスラム教の支配に再び転換した戦いを背景に描かれています。

「グラディエイター」のリドリー・スコット監督作品という事で期待していたのですが、実在のエルサレム守将バリアン・ディブランを演じるオーランド・ブルームの騎士道精神を強調していた部分ばかりが目立ってしまい、素材が良かっただけに「グラディエイター」には遠く及ばない作品となってしまったことは残念でした。ですが、クライマックスのエルサレム外壁での攻城戦はすごい迫力でした。

(これは2005年5月に投稿した際の記事を再編集したものです)

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『映画「キングダム・オブ・へブン」よりエルサレム攻城戦』

劇中ではメインにエルサレムでの攻防がある為、ハッティンの戦いは水不足で士気が落ちた十字軍とサラディン軍が完全勝利した戦闘後しか描かれていません。本来なら、このハッティンの戦いこそ歴史上、シリアの関ヶ原とも言える中近東のキリスト教徒とイスラム教徒の立場を決定的に転換した合戦なのであります。

ハッティンはエルサレム北、約150kmにあるガリレア湖西の丘陵地帯です。当時、アジア、ヨーロッパとエジプトとの交通の要衝であるシリアのダマスカスと聖都エルサレム、地中海貿易の拠点カイロを押さえる事が中近東を支配する条件でありました。すでにエジプトとシリアを手中にしていたサラディンはエルサレムと海岸線の十字軍占領地を南北から追込んでゆけば良かったわけです。ハッティンの戦いは、その挟撃作戦の始まりでありました。

イスラムの歴史家アル・アティル(1160-1233)の「イスラム全史」によると、サラディンはガリレア湖畔に陽動作戦を行い、エルサレム王主力を誘い出す事に成功。十字軍側はボードワンⅣ世の王女(劇中では妹として)を后とする仏貴族「無能なる」ギー王を主将にテンプル、聖ヨハネ両騎士団を先頭に「重装騎兵1200、軽装現地人騎兵多数、兵卒1万余り」という大軍の戦陣を構成。

7月4日の夜明けに丘陵頂上で両軍は遭遇、サラディン軍は「蝗の大群の如き厚き矢の雲」で攻撃、「すでに大気の中に勝利の香りをかぎとっていた」のに対して、エルサレム軍は飲料水なしの行軍で士気を失い、草原に放たれた焔と煙にまかれ、ついに大司教が捧持していた「聖十字架」を奪われるにいたって完敗。1年後、アル・アティルは高原の緑をうめ尽くす白骨のあまりの多さに目を覆ったと書いています。

この勝利に勢いを得たサラディン軍はアッコン、シドン、ベイルートそして、ガザを占領。「落穂を拾うような容易さ」で2ヵ月後にエルサレムに侵攻。守りに堅いエルサレムの城壁で双方かなりの死傷者を出した後、ついに和議が成立。聖都エルサレムは約90年のキリスト教支配に終わりを告げました。

追放されたキリスト教徒達は5年後のサラディン=リチャード(英獅子王、映画の最後に登場)協定により、巡礼のみは許可されます。しかし、1244年のホラズム族の突然の襲来で、再びこの地を訪れる事ができるのは領事館が設置される19世紀後半まで待たねばなりませんでした。

最後に映画に関連して、前述したエルサレム守将バリアンは和議の条件として出された、キリスト教徒一人10ディナルの身代金を貧民の為に3万ディナル支払い、城門を後にしています。また、サラディンはエルサレム入城後、かつて十字軍が侵攻した際行った異教徒への虐殺、建造物の破壊を一切しませんでした。聖墳墓教会をはじめとする多くの聖堂が後世に遺される事になったのです。(劇中では王宮に入ったサラディンが床に落ちている十字架を拾い、テーブルに戻す事で演出しています)

コメント

  1. fuzzy より:

    グラディエイターは、良い作品でした。主演のラッセル・クロウが実に良かったですね。キングダム・オブ・へブンはややオーランド・ブルームを押し出し過ぎた感がありましたね。

  2. Yubarimelon より:

    fuzzyさん、コメントありがとうございます。
    「グラディエイター」は面白かったですね。

  3. オーランド・ブルームの存在感や芝居力もいただけませんでしたね。
                           RUKO

  4. sig より:

    こんばんは。
    日本史以外に世界史にも、とは敬服の至りです。
    私はどちらも詳しくないのですが、こういう外国の史劇映画は大好きなんです。ただ、この映画は見ておりません。
    私の興味はどちらかというと、日本史・世界史よりも、武器の発達に関心があるんですね。それから攻城戦の手法などです。技術系の人間ではないのですが、どうしてでしょうね。

  5. Yubarimelon より:

    末尾ルコ(アルベール)さん、コメントありがとうございます。
    オーランド・ブルームは好きな俳優だっただけに残念でしたね。

  6. Yubarimelon より:

    sigさん、コメントありがとうございます。
    私は歴史の中で人が如何に生きたかという事にとても惹かれます。それは日本史、世界史に関わらずです。好きなことに理由は必要ないかもしれませんが、たぶんそれが私の個性だからだと勝手に思っているのです。

  7. Yubarimelon より:

    niceを入れていただいた皆さん、ありがとうございます。

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