新島八重子 スペンサー銃で会津戦争を戦い抜いた女性の生涯が大河ドラマに

2013(平成25)年放送のNHK大河ドラマの主人公に会津若松市出身で、同志社大を設立した新島襄の妻・新島八重が有力になっていることが13日、関係者の話で分かった。(2011.06.14福島民友)

慶応4年8月23日(1868.10.08)早朝、母成峠の守備隊を四散させた板垣退助、伊地知正治率いる新政府軍は、雪崩の如く若松城城下を急襲した。

会津藩砲術師範役山本覚馬の妹八重子は、元籠式七連発ライフルを担ぎ、鳥羽伏見の戦いで戦死した弟三郎の形見の着物と袴に髪を切り、男装して入城した。彼女は篭城戦の最中、桜ヶ馬場小堤、本一ノ丁沿いの上級藩士屋敷から侵攻しようとする薩土藩兵に対して、北出丸の射撃隊を指揮し防戦したという。

明治1年9月22日、「巳の刻、鈴木為輔、安藤熊之助をして北追手前に白旗を建てしむ」(会津戊辰戦史) 「当日の事を考へると、残念無念で、腕を扼したくなります。此時の城中は全く火の消えた様に寂然でありました。」と、八重子は開城したこの日を回想しています。翌日、移送される会津藩士達の中に山本三郎として紛れた彼女は、新政府軍の雑兵に女性であることを見破られてしまい、這う這うの体で猪苗代に着いています。途中の滝沢峠、戸ノ口原で、戦死者の屍骸が打ち捨てられている様を見て、女丈夫と呼ばれた彼女もさすがに涙が溢れたそうです。

東北地方太平洋沖地震による復興プロジェクトとして、2013年大河ドラマの主人公に会津藩出身の新島八重子が内定したということです。これは福島の人達にとって本当に嬉しいことでありましょう。彼女は会津人らしい頑なで一途な生き方を、女性でありながら会津士魂を体現する生き方を貫き通しました。その生涯は被災した方々に大いなる誇りと勇気を与えることになるのは間違いありません。

どのような描き方をされるかは、それこそ制作される方々次第ですから放送を待ちわびる以外ありません。しかし、最近の大河は、主人公を無理やり歴史の表舞台に引っ張り出して物語を展開させる傾向が強いような気がします。それはドラマだからというように、ある程度割り切っているつもりでも、どこか釈然としない気分にさせられているのは私だけではないはずです。

確かに、新島八重子は西郷さんや龍馬のように知名度は高くないかもしれませんが、その人生は決して見劣りするものではありません。史実としての彼女を描くのであれば、物語に花を沿える大胆な解釈よりは、人間性に踏み込んだドラマになってくれればと、八重子を演じる女優さんを含めて今から期待したいと思います。

参考文献

「新島八重子回想録」 永沢嘉巳男編

コメント

  1. ノリパ より:

    知らない方ですが、新島襄さんの奥さんなんですな。興味ありますね。
    まったく知らない方のほうが、安心して見ていられる気がしますから。

  2. Yubarimelon より:

    ノリパさん、コメントありがとうございます。
    どんな作品になるにか今から楽しみです。

  3. okin-02 より:

    ご無沙汰です・何時も訪問有難う御座います。
    我がブログの容量が残り少なく成ってまいりましたので、
    7月10日をもって翁の散歩日記-2011:07・10~へ
    URL:http://okina-1.blog.so-net.ne.jp/
    移行継続して行く事に致します、今後もお付き合いの程・
    宜しくお願い致します。

  4. Yubarimelon より:

    okin-02さん、こんにちは。
    ご連絡いただき、ありがとうございます。新しいblogでもがんばってください。

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