OKコラルの決闘 偶像が人々の心に生き続ける伝説のヒーロー

今から131年前の1881年10月26日、米国アリゾナ州トゥームストーンでアメリカ史に残る銃撃事件が起きた。ワイアット・アープは牛泥棒をはじめとする不正行為を働いていたカウボーイ、クラントン兄弟と対立していたが、この日保安官である兄ヴァージル、弟モーガンと友人ドク・ホリデイと共に、街中で銃を所持していたアイク・クラントンを逮捕しにいった際、この歴史的な事件が発生したといわれている。

米国にとって、「OK牧場の決闘」の物語は我が国の「忠臣蔵」に相当する国民的ストーリーだという。これは日本だけに限ったことではないのだろうが、映画などのフィクションが事件をはじめワイアット・アープのヒーロー像をそのまま歴史として認識させてしまっている感もゆがめない。史実を知らずに想像するワイアットの偶像は明らかに物語によって作られたものである。彼は1929年に80歳で亡くなるまで、保安官の職務に就いたこともあるが、当時のガンマン同様に馬泥棒やギャンブラー、ペテン師であったことさえあるのだ。その真の姿からは私達が抱いている純朴で正義の士というイメージは微塵にも見当たらない。

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『ワイアット・アープ本人と役を演じたヘンリー・フォンダ。』

そもそも、アメリカ西部において銃で物事の決着をつけるガンマンという種類の人間が生きていた時代は、南北戦争終了後の1865年から法律が世の中の正義であると広く浸透し、鉄道の開通により地方の田舎町が大規模に整備されはじめた90年代までの約25年くらいの間である。

自由を妨げる者を殺したビリー・ザ・キッドや強盗のため銃を抜いたブッチ・キャシディとサンダンス・キッドなど映画で取り上げられた伝説の人物は数いるが、彼らは紛れもなく悪人であり殺人者だ。しかし、ワイアットは自らの権益を守るために銃を使ったことから前者と一線を画した。人は自己の権利を防衛するために戦うことを正当化するものだ。彼が偶像化されたのは映画のイメージもあるだろうが、銃の時代に戦うための正統性が多くの人から支持を受けたせいではないかと考えられる。

さて、「OK牧場の決闘」を題材にした映画は古いものから新しいものまで幾つかありますが、もちろん私は全てを観たわけではありません。ですが、その中の代表的な作品は「荒野の決闘」(1946年)と「OK牧場の決闘」(1957年)の二本といえるでしょう。両作品ともクラントン一家によるワイアットの弟殺害が決闘への引き鉄になっていて、OKコラルで抗争の全てが決着しているところが史実と異なっています。(1)

一方、1994年に制作された「ワイアット・アープ」は歴史を忠実に描いていたにもかかわらず、 前者とあまりにギャップがあったせいか受け入れられなかったようです。これは大衆がワイアット・アープを史実よりもフィクションのヒーローとして定着させてしまっている何よりの証拠と云えるかもしれません。

ジョン・フォード監督の「荒野の決闘」は私も好きな作品です。ここでのワイアットは口数少なく、想いを寄せる女性にははっきりものを言えない、そして柔軟な姿勢ながら法を守る正義の人として、ヘンリー・フォンダがとても魅力的に演じています。映画のヒットにより、多少なりとも真実のワイアット像を歪めてしまったのも仕方ないかもしれません。しかし、フォンダが演じたワイアット像は果たして偶像そのものなのでしょうか?フォード監督は「ラスト・ショウ」を監督したピーター・ボグダノビッチによる著書「ジョン・フォード」の中で以下のように語っています。

晩年、ロスに移り住んだアープは当時トゥームストーンにいた知合いのカウボーイ達に会いにスタジオにしばしば遊びに来ていたという。そこで椅子とコーヒーを運んで御もてなしをした進行係助手だった若き日のフォード監督にOKコラルの決闘の話をしてくれたそうです。それゆえ、監督は映画の中の決闘シーンは現実にあった事を可能な限り正確に再現したと語っています。云われているような偶発的に起こった銃撃戦ではなく、考え抜かれた歩兵戦だったと。

この話をどこまで信じていいのかは判りません。もしかしたら、話を面白くするアイリッシュ独自の法螺話だった可能性も否定出来ません。しかし、監督の目に映った本物のワイアット・アープはヘンリー・フォンダが演じたキャラクター像に反映していることは間違いないでしょう。アープ翁は映画のように時にお茶目な一面を見せてくれたのかもしれませんし、劇中で椅子に座ってバランスを取ったりするしぐさ(上写真)を本人がしていた可能性もあります。何より上の写真の二人が実に良く似ていることから、監督はヘンリー・フォンダの中にワイアット・アープと同じものを感じたのでは私は思います。

なるほど、確かに映画はフィクションであり創造の産物でありましょう。しかし、表面的なものだけで本当の人間の姿を理解することも、これは困難なことではないでしょうか。多くの人の心の中で伝説のヒーローとして生き続けるワイアット・アープも、他の歴史上の偉人同様にそれをどのように解釈するかはやはり受け入れる側次第ということは間違いないようです。

(1)「荒野の決闘」ではヴァージル、史実ではワイアットの兄でトゥームストーン警察副署長、「OK牧場の決闘」はジミー(ジェームズ)、史実ではワイアットの兄でトゥームストーンで酒場の管理人をしていた。OKコラルの銃撃戦には参加していない。

ケビン・コスナー主演の「ワイアット・アープ」は史実を下に、当時の西部を重厚に描いた大作ですが、映画自体は長尺で画面が暗く退屈な作品となってしまいました。フィクションによって歴史上の人物の印象が変わることは、しばしばあることです。特にこの時期、ハリウッドでは西部劇が復活しそうな勢いだっただけに残念な作品だったと個人的に思っています。

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