ナポレオン・ボナパルトとヴィジル号

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フランス・パリの軍事博物館が所蔵する仏国皇帝ナポレオンの愛馬ヴィジル号剥製のクラウドファンディングによる修復が行われた。

ヴィジル号は、1802年6月25日仏国がオスマン帝国との平和条約締結の際、スルタン・セリム3世から友情の証としてナポレオンに贈られたものだ。記録によると、体長1.35m、アラビア種の牡馬で色は斑入りのグレーだったという。左臀部にクラウンを載せたNが焼印されている。

 ヴィジルはナポレオンの愛馬ではあったが、決して唯一のものではなかった。ミュゼドゥ軍事博物館によると、ナポレオンが14年の治世の間に使用していた130頭の馬のリストが遺されているという。
 ジャック・ルイ=ダヴィットの絵画『アルプス越えのナポレオン』に描かれた葦毛のマレンゴ号は特に名を知られているが、ヴィジルもプロイセンとポーランド戦役でナポレオンが騎乗し、1814年エルバ島を脱出する際にも使用された。(1)
 1829年に死亡した後、剥製化され英国マンチェスター博物館に運ばれたが、そのまま屋根裏部屋で忘れられていた。1870年の普仏戦争終了後、ミュゼドゥ博物館に運ばれ現在に至っている。王冠を載せたNのマークがナポレオンの愛馬ヴィジル号の何よりの証となったのは云うまでもない。生存中に幾度も絵画のモデルとなっていたことが幸いしたのである。
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『Le Vizir』ビアピエール・マルティネ画
 写真で見るかぎり、修復作業のおかげでヴィジル号の剥製は現在も大変良い状態であるようだ。以前、私が見学した聖徳記念絵画館の明治天皇御愛馬金華山号の剥製は、残念ながら決して状態が良いと云えるものではなかった。その後、修復されたかどうかは聞いていないが、後世に遺されるべき我が国の歴史遺産であることは間違いない。大切に保存され続けてゆくことを切に願う。
(1)著名な絵画だが、ナポレオンはロバでベルナール峠を走破したのが史実のようだ。
参考にさせていただいたサイト
Object of intrigue;Napoleon’s Last Horse
Sauvons “Vizir”, le dernier cheval de Napoleon
この記事はAFP BBニュース2016年6月28日を元に書かれたものである。
http://www.afpbb.com/articles/-/3092018?cx_part=txt_topics
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