西郷星 西郷隆盛ブーム起きる時、西の空に赤い星が輝く

NAOJ国立天文台は、2018年7月31日に地球と火星が5759万キロメートルまで最接近すると発表した。

エドワード・モースの日記

明治十年、来日中の考古学者エドワード・モースは、「往来を通行していると、戦争画で色とりどりな絵画店の前に、人がたかっているのに気がつく。(中略)一枚の絵は空にかかる星を示し、その中心に西郷将軍がいる。将軍は反徒の大将であるが、日本人は皆彼を敬愛している。鹿児島が占領された後、彼並に他の士官達はハラキリをした。昨今、一方ならず光輝く火星の中に、彼がいると信じる者も多い」、と記録している。

西郷星の出現と西郷隆盛への評価

西郷隆盛が自決し、西南戦争が終結したこの年の夏、夜空に輝く赤い星を人々は、「西郷星」と呼び、その表面に西郷の姿が見えるという噂が絶えなかったという。

戦後、賊となった西郷に対して、武士階級の存続を維持しようとした人物という批判はあったが、その一方で庶民の中には彼を慕う風潮は上記した西郷星のように消えることもなかった。

明治十一年二月六日付東京日日新聞は、上京したお年寄りが人力車に乗ろうとしたところ、車輪の内側に西郷の肖像画が描かれていたため、恐れ多いと乗車を取りやめた事を掲載している。

また、同年二月二十三日付朝野新聞は、鹿児島にて西郷、桐野らの墓への参拝に人が絶えないことを記事にしている。墓の前後左右は香華で埋め尽くされているとし、当地は今も西郷を悪く言う人はいない、その逆に巡査や公員、兵隊らは憎まれること甚だしいと。

更に東京では、九代目市川団十郎が西郷に扮した「西南雲晴朝東風(おきげのくもはらうあさごち)」が新富座で上演され人気を博していた。

明治政府の専制を防ぐためには抵抗以外にはないとする福沢諭吉も西郷を弁護している。西郷は封建時代の武家の特権を重要視したのではなく、その精神性といえる「士風」を重んじたのだと。それこそが「真実に文明の精神を慕う者」だと反論する。西郷の政府への反逆を認めないとするなら、徳川幕府を倒した現政権の高官も国賊ではないかと痛烈に浴びせている。(1)

帝国憲法発布後の西郷隆盛

西南戦争終結後の明治二十二年二月十一日、大日本帝国憲法が発布。西郷隆盛は賊名を解かれた。「南州翁遺訓」をはじめ、我々が現在目にすることが出来る多くの評伝や史伝が出版される西郷ブームが起きた。また、吉井友実の提案により上野に銅像が建設されたのもこの後である。着流し姿の銅像は正妻いとには不評であったが、政府への反逆の首魁というイメージは政府自身によって覆い隠されることになり、一層庶民の英雄という西郷隆盛が浸透していくこととなった。(2)

この年、再び夜空に赤く輝く星が突如現れ人々は噂した。同年二月二十七日付東京日日新聞は、「此両三日、西の天に向て又々西郷星現れぬと評判す」と記事にしている。

まとめ

地球と火星の接近は定期的ともいえるので、ある意味偶然でしかないのだろうが、2018年も過去と同様に西郷隆盛ブームと火星の最接近が一緒に取り上げられたとしか言いようがない。それでも、今年の「維新150年」、「大河ドラマ西郷どん」、各地で盛り上がる西郷ブームと火星の接近、繰り返される不思議な符号だと思うのは私だけではあるまい。(3)

注釈

(1)福沢は西郷を評価する一方で、暗殺疑惑を挙兵の大義名分にしたこと、武力による抵抗は間違いであったと考えている。議論により、産業立国、国会開設、憲法制定をすべきだったと。「西郷の罪は不学に在り」と悔やんでいる。

(2)関連記事「ミック・ジャガーは現代の西郷隆盛?

(3)鹿児島市立科学館では、明治維新150周年記念番組「西郷星 スーパーマーズな夜 ~火星大接近騒動~」を9月30日まで上映中です。

サイト:http://www.saigo-plane.net/

参考文献

「西南戦争」小川原正道

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